ある広さの土地に囲いを作って、これはわたしのものだと宣言することを思いつき、それを信じてしまうほど素朴な人をみいだした最初の人こそ、市民社会を創設した人なのである。そのときに、杭を引き抜き、[境界を示す]溝を埋め、同胞たちに「この詐欺師の言うことに耳を貸すな。果実はみんなのものだし、土地は誰のものでもない。それを忘れたら、お前たちの身の破滅だ」と叫ぶ人がいたとしたら、人類はどれほど多くの犯罪、戦争、殺戮を免れることができただろう。どれほど多くの惨事と災厄を免れることができただろう。
 以前、海外専門の駐在員をしていたころ、日本人の客からちょくちょくクレームをもらった。これはヨーロッパならではのクレームである。いわく、
「床にスーツケースを開けて広げられないほど部屋が狭いのよ!」
「日本人が小さいからって、わざと狭い部屋をあてがったりして」
「そりゃわたしたちは日本人だもの、たしかにうさぎ小屋に住んでいるけど、海外に来てまでこんな仕打ちはないんじゃないの?」
 と挙句には、目に涙をいっぱいにためる中年のご婦人までがいた。
 すべて誤解に満ち溢れている!
 ヨーロッパ人が広い部屋に住んでいると、どうして思い込んでいるのか?
 それはきっと、われわれ日本人がうさぎ小屋に住んでいると思っているからである。
 ここで上のデータを見てもらいたい。
 アメリカが断トツ1位になったのは、たぶん想像どおりだろうが、日本の5位はたぶん想像を超えている。
 添乗員をやっていたころ、「実は意外と日本の家屋は広いんですよ」と、このデータを見せて説明できていたなら、客の納得度もさらにアップしていたにちがいない。
 ではどうして日本人は、うさぎ小屋に住んでいることになっているのだろうか?
  資料によれば、ECで日本の報告書をつくったおりに、当初フランス語で日本人は「cage a lapins」に住んでいると報告されていた。これが英語に直訳といううか、誤訳されて、日本語で「うさぎ小屋」となったのである。しかし、「cage a lapins」というフランス語は、「都市型の集合住宅」といった意味もあり、これから連想されるのは、当時開発されていた高島平などの巨大集合住宅だっ た。

活字中毒R。 (via kikuzu)

happywingnon117からリブログしました

(via tataraseitetsu)

学習院大学経済学部教授の鈴木亘先生と、年金についてお話しました。

現状、20代、30代の人は、払い込んだ年金のうち6割ほどしか貰えません。

若いうちから貯金しとけばいいと言われても、不況やらリストラやらです。
金融広報中央委員会によると、20~29歳の若者の4割は貯蓄残高が0円です。

サラリーマンや公務員などの場合は、年金は給料から自動的に引かれるので、年金を払わないという選択肢は無いです。

ちなみに、現在60代以上の人は、払い込んだ年金の額の6倍ぐらいもらえるそうです。

ついでに言うと、日本全体の金融資産の6割は、60歳以上の人が保有しています。
ちなみに、8割の金融資産は、50代以上が所有しています。

39歳以下の人が所有している金融資産は、6%です。

貧乏な若者が、裕福な高齢者に貢ぐという構造になっているわけですね。


アメリカの自動車会社のGMも、引退した世代に払う金額が高すぎて、潰れてしまいました。
日本でもJALは、引退した世代に払う金額が大きいので破綻しました。

働いてる世代の給料を減らして、既得権益を持つ働いてない世代にお金を回すというのは、よく見かける光景ですが、民間の場合は、その会社が潰れたりしてバランスを取ることが出来ます。

その会社が潰れるだけなので、社会的な影響はそれほど大きくならないですしね。

ただ、国家の場合は破綻というのはかなり難しいです。

国家が破綻してしまった場合は、日本人全てが困ってしまうので、なかなか破綻させることは出来ないわけです。

若者世代から見ると、「これ、おかしくね?」という感想を持つと思います。

ただ、若者はお金を持ってないので、政治献金も出来ないし、働いていて忙しいので投票に行く暇もなかったりと、政治的な影響力は小さいので、政治家に期待するのは難しそうです。

そうすると、働いている若者は、ひたすら我慢するしかないわけですね。

「相続税をあげればいい」とか、「金融資産税を作ればいい」とか、アイデアを出す人たちは、若者世代でもわりと多いですけど、政治的な影響力が無いので、負け犬の遠吠えでしかないです。

というわけで、不利なルールであることがわかっても、ルールを変えることが出来ないまま、損をすることが確定している若者世代のみなさんですが、「最近の若者はお金を使わない」とか、「夢の無い若者が増えている」とか、マスコミによると、不況も若者のせいらしいです。

いやぁ、ほんと世知辛いですね。



↓結論!若者は年金をもらえるの? 『鈴木亘×ひろゆき』のまとめ
http://togetter.com/li/63069
この聖書はバチカンを強く懸念させており、それはこれに「バルナバスの福音書」が含まれているためだとしています。バルナバスはイエスの弟子です。
この書物は2000年に発見され、アンカラの民俗学博物館に保管されているということです。
この書物は皮でできており、イエスが使っていたエラム語で書かれています。この書物の一部のページは時間の経過により黒くなっています。情報によりますと、この書物は専門家によって調査されており、その真正性が認められています。
研究者の一部は、この聖書を調査し、「イエスは十字架に磔刑にされず、さらに彼は神の子ではなかった。イエスは神の預言者だった」と述べています。
この書物の最後には、「イエスは生存しており、彼の代わりにイエスの弟子の一人が磔にされた」と書かれています。
この書物ではさらに、イスラムの預言者ムハンマドの出現が予言されています。

バチカン、トルコでの1500年前の聖書発見に懸念

正典には含まれていない福音書。
バチカンはそんなのが展示されてたらやだろうな。

(via tatsukii)

deli-hell-me:

セブン銀行の賢い印紙税の節約|マジシャン税理士が教える! 知って得する会計知識|bizocean(ビズオーシャン)

つまりこの印紙税というものは「入金の事実」に課税するのではなく、「お金を預かったという文書」に課税されているわけである。

仮に1円玉を100枚(100回)カードでATMを使って入金する場合、銀行は100枚の「ご利用明細書」を発行することになり、印紙代は20,000円となる。わずか100円(1円×100枚)の入金に対して20,000円の印紙代の負担となるわけで、差引き19,900円の赤字になる訳だ。

これは極端な話なので実際やる人はいないだろうが、金額の大小に関係なく、ATMや窓口での入金に対して一律200円の収入印紙というのはなんとも解せない話である。

この印紙税は「お金を預かったという文書」に課税されているわけなので、預かったという事実を印字してない紙片であれば、課税されないということになる。

セブン銀行は通帳がないため、入金すると、他の銀行と同様に「ご利用明細書」という紙片が印字される。この「ご利用明細書」には取引内容、取引金額が空欄になっていて、取引後の残高のみ印字されている。

この「ご利用明細書」を見る限り、入金があった事実は勿論、入金金額も不明である。つまりこの「ご利用明細書」には印紙税は課税されないということになる。

預金通帳は8号文書に該当し、一通につき400円が課税される。つまり銀行は通帳の発行、入金、振込、振替の都度印字される「ご利用明細書」について1枚200円課税されていることになる。一体どれだけの印紙税を納めているのだろうか?

それに対してセブン銀行は通帳がなく、入金などの際に発行される「ご利用明細書」には残高の未表示されるため、印紙税の課税文書に該当しないため、他の銀行に比べると相当の額の印紙税の節約をしていることになる。

BC356年7月21日、古代ギリシャの羊飼い・ヘロストラトスが「歴史に名を残したい」という理由でエフェソスのアルテミス神殿に放火。彼に関する全ての記録を抹消する「記録抹消罪」となりましたが、歴史書に記され、現在まで名前が残りました。

deli-hell-me:

ウクライナの「分裂地域」地図を作成してみた : 服部倫卓のロシア・ウクライナ・ベラルーシ探訪(ブログ版)

 中井和夫先生の『ウクライナ・ナショナリズム ―独立のディレンマ』(東京大学出版会、1998年)には、次のようなくだりがある(208-210頁)。

 ウクライナの国境は特殊な性格をもっている。ウクライナの国境線のほとんどが、かつて一つのまとまった地域を構成していた領域を分断することによってできた境界線を結んでできあがっている。すなわちウクライナの国境線によって多くの地域が分断されているのである。これがまず、国民統合という課題を困難なものにしている。ウクライナの西部を見ると、北からガリツィア、カルパティア、ブコヴィナ、ベッサラビアという四地域がある。これらはいずれもかつてはより大きな領域で、一つのまとまった地域を構成していたが、いまはウクライナの国境線によって分断されている地域である。

 ウクライナ東部の境界に関しては、現在焦点となっているところなので、少々長目に引用させていただく。

 ウクライナの東部の国境に目を転じると、そこには二つの分断された地域がある。ドンバスとスロビツカ・ウクライナ(自由ウクライナ)である。ドンバスはロシア帝国、ソ連時代を通じて、石炭と鉄を産する工業地帯として知られてきた。1917年のロシア革命のあとドンバスはその全領域がウクライナに入っていた。1918年のブレスト・リトフスク講和の直後、ロシア・ボリシェヴィキはドンバスをウクライナから分離して独立したドンバス共和国を創設しようとしたことがある。それは、ドンバスをウクライナから分離独立させることによって、ドンバス地域をブレスト講和の履行義務範囲から除外し、ドイツ軍の占領を免れようとしたのである。そのとき、ウクライナ人ボリシェヴィキであるミコラ・スクリプニクは「ドンバスとウクライナ」という論文を書いて、ドンバスの分離に反対した。彼は、ドンバスは歴史的に見てウクライナの一部であり、独立したドンバス共和国を創設することには反対すると述べた。スクリプニクはドンバスこそ最もウクライナ的な地域であり、ウクライナそのものである、とさえ書いた。しかし、ドンバスはスターリン時代初期に二つに分割された。ドンバスの東の部分はウクライナから切り離され、ロシアに編入された。

 スロビツカ・ウクライナは、18世紀のウクライナ・コサックによるヘトマン国家の一部であった。このコサックのヘトマン国家はエカチェリーナ二世によって廃止された。このとき、スロビツカ・ウクライナの北東部分はやはりウクライナから切り離され、ロシアのヴォロネジ県に編入された。スロビツカ・ウクライナは、ヘトマン国家の中心であったばかりでなく、18世紀ウクライナの政治的、文化的センターでもあった。それゆえ、その北東部のウクライナからの分離はウクライナ文化のその後の発展にとって大きな痛手となったのである。

 中井先生が列挙している一連の歴史的な地域に加えて、ベラルーシとのかかわりが深い私としては、ウクライナとベラルーシにまたがって広がるポレシエ地方にも着目したい。ポレシエは、言語的・エスニック的にはウクライナともベラルーシともつかない独特の存在で、「民族の予備軍」と見なすことすら可能であるが、歴史的にこの地域を領域とする国や行政単位が誕生することはなかったので、住民はポレシエ人といった強固な自意識を抱くには至らず、結局ウクライナ人とベラルーシ人に取り込まれて現在に至るといったところである。

【仕事】巫女さんのお仕事
 巫女さんのお仕事についてメモ。

・ 「巫女」とは、神職を補助する役目。
特別な資格はいらないのです。
独身なら誰でもなれます。
ただし、男はなれません。

・ 巫女はもっとも人気のある職業です。
婚活でも見合い話でも困らないといわれてるほど威厳がある肩書きです。
男って巫女さんの肩書きが弱いもんです。

・ 正社員の巫女さんになるには、いろいろあります。
氏子などコネが必要です。
まだは、神社に直接問い合わせるとか。
確実なのは、職業安定所で募集してる神社もあります。
この場合はサービス業で募集しています。

・ 巫女さんの基本的なお仕事は神職の補助です。
神事以外ではほぼ雑用。
かなりのガテンな仕事が多いので、すぐ辞める巫女さんが多いのです。

・ 巫女さんは境内で歩くと、かなり目立ちます。
ほとんどの参拝者は巫女さんの姿をよく見られています。
なので、くれぐれも清楚にふるまないといけないのです。

・ 巫女さんの仕事の基本の一つ、境内の掃除があります。
掃除をしなければ、境内はすぐに枯葉まみれになります。
とっても大事な仕事なのです。
境内をきれいに保つと、心が清らかになりますのが理由だそうです。

・ 神社はサービス業ですが、商売に成り立ちません。
なので、お守りなどは「売る」のではなく、「授ける」ものなのです。

・ 神社の経営はよほど大きな神社じゃない限り、やってけれません。
多くの神社は巫女さんを雇わない一人でやってたり、神主が副業を持ってたりするのが現状です。

 売り上げ的なものがほとんどありません。
お守りとかはほとんど原価。
お賽銭は小銭しかありませんし。
厄払いや結婚式などで発生する初穂料。
地元の有権者や企業からの寄進料。
少ないのですね。
っというわけで、巫女さんがたくさんいるほどお金持ち神社なのです。

・ 巫女さんは神主を一緒に出張します。
神社以外の場所に行って、神事を行います。
出張祭殿といいます。
家を建てる前によくみかけるあれです。

・ 神社には七五三の行事があります。
この時期はかなりの地獄です。
子供は素直に言うこと聞く生き物ではありません。
髪を引っ張られるわ、蹴飛ばされるわ。
額に血管を浮きながら笑顔で対応するのが、これこそ巫女さんです。

 なお、七五三の意味はですね。
昔、医療や公衆衛生が未発達のおかけで、乳幼児の死亡率が高かったのです。
 「七つ前は神のうち」っと
七歳未満はまだ神さまからの預かりもの。
ワガママ言うのも神さまの特権。
七歳になって初めて社会の一員として認められます。

・ もっとも忙しい時期は正月です。
巫女がいる神社では、ほとんど24時間営業してるところがあります。
常人の想像をはるか超える忙しさなのです。
巫女さんのバイトを雇います。
参拝者の人出が多いので、当然、巫女のバイトもかなりの人数が欲しいのです。

 んで、その巫女のバイト。
大人気があるバイトですから、競争率がかなり高いのです。
口コミや紹介で9月から希望者が集まりだして、11月には定員オーバーになる傾向があります。

・ 正月行事の巫女舞があります。
代表的は「浦安の舞」。
浦安は心の平穏を願う意味です。
ゆったりとしたリズムの中にも繊細な動きを要求される舞です。
正式は四人で踊りますが、別に一人でもかまいません。
 

・ 巫女のバイト。
現役学生以外は不可などの規制がある場合が多いのです。
仕事の内容は、お守りの授与だけだと思います。
正社員よりは、楽な仕事だと聞いています。

・ 正社員の巫女の仕事。
覚えることが多く、責任も重い意外とハードな仕事です。
お守りの授与、お祓いの受付だけではないのです。
ホウキを持って庭掃除でもありますが、他にも重要な仕事があります。
結婚式の三三九度や舞などの作法など。
お祭りの準備とか。
土鈴や地鎮祭に神職が使う紙吹雪みたいな小物などを手作りしたり。
事務の仕事などデスクワークをこなす仕事も巫女さんがやります。

・ 巫女は、巫女長を頂点にして正社員、そしてバイト巫女というカースト制があります。

・ 正社員巫女の平均年齢は、20歳前半とかなり若いのです。
10代後半からなれます。
つまり、現役高校生の巫女さんがいます。
そして、20代後半で引退します。
25歳定年説というものがありますが、未確認です。
定年を迎えると、緑の袴に履き替えて事務員さんになります。

・ 職場は男尊女卑の世界です。
忙しい時は、食事もトイレもできません。

・ 巫女は、記憶力と体力があれば困りません。
お守りの授与など、神社は原則としてレジがありませんので暗算ができれば、できる巫女さんと尊敬されます。

・ 巫女さんのお休みは、平日休みが多いのです。
土日祝と正月は、原則として仕事です。
休みは少ないのです。
月に五日しかありません。

・ 暑い季節の夏。
巫女の袴はヤブ蚊に侵入されるとおしまいです。
逃げにくい構図になっていますので、血を吸われ放題です。
なので、夏の巫女さんのナマ足は汚いといわれています。


▼ 巫女装束の着付け

 エロ漫画の巫女さんは、おっぱいポロリシーンが多く描かれています。
その結果、巫女さんはノーブラでしかもノーパンが当たり前という間違った知識を植え付けられています。
実際はちゃんと下着を着けています。

 巫女装束の着付けについて。
最初にブラジャーなど透けないために「襦袢」を着ます。
んで、腰紐で縛ります。

 次に、襦袢の上に「白衣」を着ます。
これは足首まである服です。
んで、これも腰紐で縛ります。
白衣姿の巫女さんは、禊の時じゃないと見るシーンがなかなかありません。

 最後に、「袴」です。
袴はズボンタイプとスカート状の行灯袴の二種類あります。
色は朱系です。
漫画では青系袴もありますが、それは神主の禰宜だ!と突っ込みを入れたいのです。
なので、巫女さんの袴は朱系で統一されています。
緑の袴をはいた巫女さんもいますが、それは巫女さんではなく事務員です。
袴は、胸の下で穿くのがポイントです。

 袴の結び方は、面倒くさいです。
袴の前後に長さが違う紐があります。
長い紐は前です。
前紐を後ろにクロスして前に持ってきます。
ここで、きつく結ばないとずり落ちます。
んで、前でまたクロスして後ろに持って行き、しっかりと結びます。
最後に後ろの紐を前に持ってきて、ちょうちょ結びして完成です。 

 えっと、巫女装束の値段。
袴が二万円が相場と、高いのです。
白衣も一万円です。
あ、コスプレじゃなくて本物の巫女装束の値段です。
しかし、巫女衣装を持ち帰る不届きバイトがいます。
立派な窃盗罪なので、この行為はやめて下さい。

神の鉄槌~いつか泣かす 不覚 (via hutaba)

(via book-cat)

イギリス海軍戦艦ドレッドノートは1910年2月10日に、イギリス海軍本部からの緊急の電報の指示により「アビシニアの王族」(エチオピアの古称)一行を迎える事になった。しかし、この一行は悪戯であり、この一件は後にドレッドノート・ホウクスとして知られるようになった。
一行は後にヴァージニア・ウルフとして作家としてデビューすることになるをヴァージニア・スティーブンや妹であるエイドリアン・スティーブンをはじめ、ダンカン・グラント、アンソニー・バクストン、ガイ・リドリー、そしてコールの6人であり、全員「ブルームズベリー・グループ」に属する大学生達の仮装であった。
コールたちはまずロンドンのパディントン駅に向かい、外務省の要請だとしてウェイマスまでのお召し列車を仕立てるよう要求し、必要経費を支払った。駅長はそれに従った。
海軍はイギリス南部にあるドーセット州のウェイマス港で偽お召し列車から降り立った一行を出迎えたが、この一行はエチオピアでは使用されていないスワヒリ語[2]のカードを渡していたり、エチオピア人に見えないようなお粗末な仮装であったにもかかわらず、大多数の海軍軍人は偽者とはおもっていなかった。海軍には一人だけエチオピアに通じた将校がいたが、彼は長期出張中で不在であることを一行は事前に調べ上げていた。
日本軍兵士最大の弱点は、予期せざる事態にうまく対処できないことだ。彼は戦闘機械の優秀な歯車であり、決められた計画を細部まで実行することはできるが、急速に変化する状況に対処する才覚も準備もない。どんな訓練もこの日本兵の欠陥を修正することはできない。この生来の弱点は、自由な思考や個人の自発性を厳しく退け、管理されてきた人生と、少なくとも部分的には関係がある。この弱点は攻撃でも防御でもはっきり表れている。攻撃時、日本兵は気味の悪い金切り声や「海兵隊、殺すぞ!」などといった威嚇の叫び声をあげる。その目的は敵[連合軍]の士気をくじき、自らのそれを高めることにある。期待しているのは後方への潰走である。しかし敵がどんなに犠牲が出よ うともしっかりと踏みとどまれば、日本軍自体の士気が下がって混乱し、逆襲に対して非常に脆くなる。もし[日本軍が]最初の攻撃を撃退されて再挑戦するとなっても、当初の戦術を繰り返す。